徳島地方裁判所 昭和26年(行)11号 判決
原告 坂東一男 外一名
被告 徳島県知事
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告両名訴訟代理人等は「被告が昭和二十六年三月三十一日県告示第一六三号を以てなしたる徳島県勝浦郡勝占村及び多家良村を廃止し、その全区域を徳島市の区域に編入し昭和二十六年四月一日より実施するとの処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として原告坂東一男は徳島県勝浦郡多家良村、同鈴木則一は同郡勝占村の各住民であるが、右両村及び徳島市は地方自治法の定めるところにより右両村を廃止し徳島市にその全区域を編入するの議起り勝占村は昭和二十六年三月十七日、多家良村は同年同月二十三日各村議会の議決を経て、又徳島市は右両村議会の各議決の日と同日市議会の議決を経て右両村及び徳島市より夫々被告知事に対して右両村の廃止及び徳島市に全区域を編入すべき旨の申請に及んだ。よつて右申請を受理した被告は地方自治法第七条に従い、昭和二十六年三月三十一日開会の定例県議会に第八号議案として右市村の編入及び廃止の件を提案したところ、同議会は当日その第二議会においてこれを審議し同議会議長が出席議員全員三十六名に対し記名投票によりその可否を問うた結果、右議案を可とする者十八票否とする者十六票及び白票二票の結果を得た。然るに同議長は右可とする者十八票を以て可とする者多数であるとし、右市村の編入及び廃止は可とする旨宣し、次いで第三読会を省略し第二読会の投票並びに開票の結果通り可決確定したものと宣言しその決議を終了した。よつて被告知事は同日県告示第一六三号を以て勝占及び多家良村を廃し、その全区域を徳島市の区域に編入し昭和二十六年四月一日よりこれを実施する旨の処分をしたものである。然し右県議会の議決は地方自治法の定めるところに反し無効である。即ち同法第百十六条によれば普通地方公共団体の議会の議事は特別の定のある場合を除き、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは議長の決するところによると規定されているから単に可とする者が多数であるということよりも出席議員の過半数を得ることが議案を可とすることの絶対の要件とし、出席議員の過半数に達しない議決は無効であること明白である。而して白票を投じた議員も右に謂う出席議員として取扱うべきことは、徳島県議会会議規則第六十条の「議席に現存する議員は表決の数に入ることを拒むことができない」旨の規定に照しても明かである。即ち右規定によれば凡そ出席議員として取扱われるには議席に現存することを以て必要且つ十分な要件とし、出席議員は表決に加わる義務あるものとされているものであるから、仮令議席に在席する議員中可でもなく否でもない所謂白票を投じた者があつたとしても、等しく表決に加わつたものとして出席議員として取扱うべきものと謂わねばならない。本件において前記県議会における出席議員は三十六名にして投票権を行使した議員亦その全員であるから「出席議員の過半数」は十九名であるにも拘らず、議長がこれに充たない十八名を以て前記議案を採択可決したことは明かに右自治法の規定を無視した無効の議決と謂わねばならない。従つて右無効の議決に基いてなした被告知事の本件処分も亦違法にして無効たるを免れないものである。而して原告等は右違法な処分により次のような権利の侵害を蒙るに至つた。即ち(一)原告等は被告知事の違法な処分によつて夫々多家良村、勝占村の住民たるの権利を強制的に失わしめられ、自己の欲しない徳島市住民たることを強制され、村住民権という公法上の権利の侵害を受けたのみならず、(二)原告坂東一男は徳島市長より昭和二十六年徳島市民税として合計千三百八十円(一期分四百六十円この三期分)原告鈴木則一は同じく徳島市民税三百円(一期分百円この三期分)及び同年度徳島市税固定資産税九百六十円(一期分二百四十円この四期分)の納税を命ぜられ、(三)原告鈴木については右の外に本件処分の結果、従来負担しなかつた昭和二十六年度国民健康保険料金四百九十二円(一ケ月八十二円この六ケ月分)の納付を徳島市長より命ぜられ、(四)原告坂東については合併前多家良村民として二、三粁の距離にある村役場で従来すべての公法上私法上の諸届手続をなし証明書の交付を受ける等の利便を受けていたところ、本件処分の結果、徳島市役所々在地迄十七粁の遠距離迄往復しなければ用を便じえないこととなり、その労力費用において莫大な損害を被ることとなつた。以上の次第で原告等は被告知事の本件処分によつて前記公法上並びに私法上の権利の侵害を受け、右処分につき重大な利害関係を有するからその取消を求めるため本訴請求に及んだ次第であると述べた。(立証省略)
被告指定代理人は答弁として主文同旨の判決を求め、原告等の主張事実中原告等が夫々多家良村、勝占村の住民であつたこと及び両村並びに徳島市が原告等主張の経緯により被告知事に対して村の廃止及び市に全区域を編入すべき旨の申請に及んだこと、被告知事が原告等主張のような経過による徳島県議会の議決を経て、その主張の日に、その主張のような処分をなしたことはこれを認めるもその余はすべて争う。およそ白票は可にも非ず不可でもないという態度不鮮明のものでこれを投じた者は退場したものと看做して出席議員に算入すべきものではなく、地方自治法にも白票を投じた者をも出席議員の中に含める旨の規定は存在せず、又原告等主張の徳島県会会議規則第六十五条の規定は、いやしく議員として議席にある以上可否を明確に表明すべきであつて、議席にありながら表決に加わらず棄権してはならないという単なる訓示規定に過ぎず、これを以て地方自治法第百十六条の「出席議員」を定義する根拠とすべきではない。却つて右規定よりすれば白票を投じた者は右規定に違反して「表決の数に入ることを拒むこと」を敢てなしたものとして「出席議員」より除外すべきものである。よつて本件において県議会議長は右の見解をとり、白票を投じた者を「出席議員」として取扱わず可とする者十八名を以て過半数として原案を採択し、第三読会を省略し第二読会通り原案を可決確定したものであつて、右議決は何等地方自治法の規定に違反するものでない。仮に百歩を譲つて原告等主張のように白票を投じた者を出席議員に加えるとすれば、本件の白票二票が否票であれば可否孰れも十八票の同数で議長の決するところとなるに反し、右の場合には可票十八票を以て直ちに出席議員三十六名の過半数十九各に達しないものとして否決の運命に陥り、議長の決裁権を奪うこととなり、否票の場合と白票の場合とで取扱いを異にするという不合理を生ずる。まして本件の場合議長の決裁権を必要としたならば周囲の事情よりして議案の可決せられたものであろうことは容易に推測し得るところであつて、原告等の主張は結局不合理なものと謂うのほかはない。
原告等は被告の処分により権利の侵害を受けたと主張するが形式的には、原告等は多家良民或は勝占村民より徳島市民となつていることは事実であるが、実質的には何等変化なく特に不利益な取扱を受けている事例は全然存しないのみならず、むしろ却つてその福利が増進されている次第である。例えば公職選挙法により住民の選挙権の要件である住所期間の計算は編入によつて何等の変更を受けず。又市営バスの運転、保育所の新設橋梁及び道路の新設及び災害復旧その他各種行政面に亘つて市民として受ける便益は旧に倍するものがあり、旧多家良村には市役所の支所が設置され、特に重要の事務を除いては一般に支所において用を便じ得られるものであるから原告等は、合併により何等権利の侵害を受けているものではない。仮に前記県議会の議決が違法にしてこれを前提とする被告知事の処分が違法であるとしても被告知事の右処分により既に昭和二十六年四月一日より合併の効力発生し、同年五月十九日付総理府告示第百五十九号として官報にも告示済であり、同年四月下旬施行された各種地方選挙も頗る平穏裡に終了し、地方団体の予算も夫々議決せられ両村民は既に納税の義務を履行し原告等も亦孰れも徳島市民として夫々自治行政に参加している今日、右処分を取消し、延いては各種地方選挙を更にやり直し、予算を更正し、納付した各種税金を還付する等各種制度を合併前の原状に復することは却つて社会秩序の紊乱、法律関係の複雑化を来し公共の福祉に適合しないこととなるのみであると述べた。(立証省略)
三、理 由
原告坂東一男が徳島県勝浦郡多家良村の、同鈴木則一が同郡勝占村の各住民であつたこと、右両村及び徳島市が地方自治法の定めるところにより右両村を廃止し、徳島市にその全区域を編入するの議起り勝占村が昭和二十六年三月十七日、多家良村が同月二十三日各村議会の議決を経、又徳島市が右両村議会の各議決の日と同日市議会の議決を経て右両村及び徳島市より夫々被告知事に対して村の廃止及び市に全区域を編入すべき旨の申請に及んだこと、よつて被告知事が昭和二十六年三月三十一日開会の定例県議会にこれに関する議案を提出したところ、県議会が同日出席議員三十六名の記名投票によつた結果、賛成十八票反対十六票白票二票の結果を得議長が右十八票を以て賛成過半数なりとして右議案を可決確定したこと及び被告知事が右議決を経て同日県告示第一六三号を以て原告等主張の処分をなしたことは当事者間に争がない。
原告等は右県議会の議決は違法であるから、これに基く被告知事の本件処分も亦違法であるとし、その取消を求めるものであるが、地方自治法第七条の場合につき所謂住民訴訟の提起を許すべき規定がないので一般の民事訴訟法の原則に従つて原告等がかかる訴訟を実施する利益ありや否やを判断するほかはないところで、原告等はこの点につき被告知事の違法な処分により村住民権を失い住民税、固定資産税、健康保険料金等の負担増加及び住居地より遠距離にある徳島市役所迄の出頭に要する労力費用の増加により公法上、私法上の権利の侵害を受けこの処分につき重大な利害関係を有するから、本訴提起につき利益があると主張するのであるが、およそ個人が地方自治法第七条の県知事の合併に関する処分の取消を求め得るには、その処分によつてその個人の具体的な権利の侵害を受けた場合に限るべく、一般に公民として負担すべき租税その他の諸経費の負担を目して権利侵害ありとして訴求することは許されないものと解するを相当とする。何となれば右の公民としての一般的負担はすべて憲法その他の法規により賦課徴収されるものであつて仮令市村の合併の結果或程度その負担が増加したとしても合併による公共事業の施行、公共施設の充実等公共の福祉を増進する諸施策によつて延いては、住民個人の利益に還元せられ得るものであることに思を致すと、これら負担の増加を目して直ちに個人の具体的権利の侵害とみなすことは到底許されないものと謂うべく、従つて若しもこの一般的負担の増加を理由に訴求し得るものとすれば前記の如く所謂住民訴訟の提起を許すべき規定がないのに、これを許したにも等しい違法な結果を招くことになるからである。本件における原告等の前記主張を検討すると結局前述するところの一般的負担の増加を以て権利侵害ありとするに帰するものであつて、その他に原告等個人の具体的権利の侵害については原告等において何等主張並びに立証しないところであるから、以上を以てしては未だ原告等が本件被告知事の処分の取消を求めるにつき正当な利益を有するものとは謂い難い。
以上の次第で原告等の本訴請求は、訴の利益がないから爾余の争点について判断するまでもなく失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 今谷健一 合田得太郎 尾鼻輝次)